横浜市から鳥取に移住した今と思い出の中にある鳥取


鳥取からこんにちは。TATSUYA SASAO(笹尾達也)です。

2015年の11月に関東地方から鳥取に移住、そう引っ越してきました。鳥取に移住して約一年と四ヶ月になります。移住する前から自分にとって鳥取に対しては、幼い頃からの良い思い出しかありませんでした。

自分は、鳥取生まれましたが育ったのはほとんど関東地方です(詳しくはaboutページへ)。2015年当時、地方へ移住しようと考えた時、自分の移住先は鳥取以外は考えられませんでした。というのも幼少の頃から関東地方から鳥取に帰省する際、鳥取ではまったく悪い思い出がなかったからです。沢山の良い思い出と懐かしさに囲まれていました。

両親と兄と四人で東京から鳥取に帰省すると、自分は住んだことはないに等しいのにどこか懐かしいような馴染みのある優しい風景と匂いや空気が出迎えてくれました。住んだことはないけれど、自分にとっては幼い頃から慣れ親しんだ「故郷」であったのでしょう。鳥取は、両親の故郷であり自分も鳥取で生まれたというのが移住先を鳥取に決めた一番の理由だったと思います。

振り返ると鳥取には、良い思い出が

本当に鳥取には、良い思い出しかありませんでした。それは、鳥取に住む祖父や祖母、叔父さんや叔母さん、親戚の皆んなが、丁寧に出迎えてくれたからだと思います。もちろん鳥取の土地とそれを囲む地元の人たちが育んだ鳥取の風土も。

東京、関東地方に住んでいる時は、ずっと集合住宅に住んでいました。だから、寝台列車や飛行機、高速バスそして時には自家用の自動車ではるばる帰ってくるゆったりとした雰囲気の鳥取の家は、自分達家族を本当に優しくあたたく出迎えてくれました。

鳥取の帰省での滞在は、当然両親の休暇期間、自分達兄弟の夏休みや休暇の期間の、短く限られた時間だけでした。鳥取の両親の実家は、東京の家とは違い、一軒家ののんびりとした比較的広い空間でした。そして、それを囲む鳥取の自然豊かな大きな風景も、期間限定の滞在は、自分にとっても貴重なものでした。それなので、限りある時間というのを知っているので、東京に帰ることは、とても寂しくて残念な気持ちになったと記憶してます。

時を超えて、当時は期間限定でしか、滞在できなかった鳥取に移住して住んでいて生活しているのは、夢のようです。時々、市内をバスに乗りながら、町を歩きながら、当たり前の鳥取の風景に囲まれている時、ああ鳥取にいるんだと再認識する時があります。それくらい鳥取に移住して住んでいるのが不思議で、そして嬉しいのです。

今はもう祖父や祖母は他界していませんが、どんな思いで、当時僕たち孫や両親を鳥取に出迎えてくれただろうと、思いを馳せます。他の土地では得られないであろう鳥取の貴重な暮らしをこれからも大事にしてゆきたいです。

Text by TATSUYA SASAO(笹尾達也)

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この記事を書いた人

TATSUYA SASAO
name : TATSUYA SASAO / 笹尾達也 / Tottori, Japan, 地方移住者。珈琲と邦画と本が好きです。横浜市 ✈︎ 鳥取県 (2015.11に移住.)  (▶︎詳しいaboutページ

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