詩集『自分の感受性くらい』(茨木のり子著)に励まされて


詩集『自分の感受性くらい』(茨木 のり子著)を購入にしました。

茨木のり子さんは、1926年6月12日 大阪府大阪市生まれの詩人、エッセイスト、童話作家、脚本家です。
茨木のり子 – Wikipediaより)

2015年の11月に関東地方から鳥取県に引っ越してから、ただひたすら鳥取の土地に馴染もうとして脇目も振らず走ってきたように思います。
関東にいる頃に比べて、snsも頻繁に使用してきて、一段落した今があります。
写真展にも企画もして個展を一回、地元の方が企画したグループ展に一回、計二回参加してきました。でも、ここ最近ふと心の中で何か足りないような、不足しているような気持ちがしていました。写真を撮る上でのモチベーションをはじめとして、blogなどの書物を書く上でも何か足りない、不足していると考えていました。

そんな時に茨木のり子さんの詩集『自分の感受性くらい』の本に掲載されている、『自分の感受性くらい』という詩の言葉を思い出しました。表題作の『自分の感受性くらい』は、以前読んだことがありましたが、詩集の書籍としてまとまった形で読むのは初めてです。

自分の感受性くらい

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさ失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

詩集『自分の感受性くらい』(茨木 のり子著)より

古本で、この詩集を注文して、手にした時。やっと必要な時に必要な言葉を噛みしめるようにこの詩を読むことができました。

この詩集を手にとって、噛みしめるようにじっくり読んだあとには、
本をもっと深く読もう、映画をもっと観よう。webやsnsを離れて自分ひとりの時間をもっと意識的に確保していこう。年老いた親との貴重な時間を大切にしよう。友人と会おう。”自分の感受性”を満たして充実することをもっと積極的にやっていこうと思い知らされました。きっとそうすれば、自分の感受性が潤い創作活動、日々の生活に潤いをもたらすと思います。

“自分の感受性”について、立ち止まって考えるきっかけになりました。